INICIAR SESIÓNその夜、私は自宅で硝子庭園の図面を広げ、詳細な分析を行った。
植物の配置、光の屈折率、幾何学的図形。すべての要素を総合的に検討する。
ヘルメスの薔薇十字。七つの惑星記号。そして中心の六芒星。
これらは確かに錬金術の象徴だ。しかし、それだけだろうか?
私は別の可能性を考え始めた。
もし、この暗号が二重の意味を持っているとしたら?
表面的には霊薬の製法を示しているように見える。しかし、その下に別の意味が隠されているとしたら?
私は植物の配置を数値化してみた。各植物の三角形の頂点の座標を、庭園全体を基準とした数値で表す。
そして、それらの数値を特定の順序で並べると——
数字の羅列が現れた。
最初は意味が分からなかった。しかし、よく見ると——
「これは……座標だ」
北緯と東経を示す座標だった。
私は地図を広げた。その座標が示す地点は——
鏡見邸の敷地内だ。正確には、硝子庭園の真下。
私は翌朝、すぐに鏡見邸へ向かった。
久我に会うと、単刀直入に尋ねた。
「久我さん、あなたには双子の兄弟がいましたね?」
久我は顔色を失った。
「……どうして、それを」
「調べました」
私は言った。
「三十年前、あなたの兄、鏡見久明氏が失踪した。公式には失踪ですが、真実は違う」
久我は立ち尽くした。やがて、力なく頷いた。
「三十年前、兄は死にました」
「あなたが殺した」
「いいえ!」
久我は強く首を横に振った。
「私は殺していません。兄は自分で……」
彼は椅子に座り、顔を覆った。
「私の兄、久明は、同じく錬金術の研究者でした。いや、私以上に熱狂的だった。彼は実際に賢者の石を作ろうとして
それから一年が経った。 私は東京帝国大学で、相変わらず植物学を講じている。時折、警視庁から毒物鑑定の依頼を受けることもある。 しかし、あの硝子庭園のことは、決して忘れることができない。 久我は執行猶予の身で、今も鏡見邸に住んでいる。しかし、硝子庭園には二度と足を踏み入れていないという。 庭園は完全に封鎖され、植物は誰の手入れも受けずに成長を続けている。いずれ、硝子の壁を突き破って外に出てくるかもしれない。 しかし久我は、それを恐れていないようだった。「植物は生きています」 彼は私に手紙で書いてきた。「たとえ人間が管理しなくても、彼らは自分の道を見つける。そして、この庭園が崩壊する時、それは私の罪が許される時かもしれません」 私は時折、鏡見邸の近くを通ることがある。丘の上から、硝子庭園が陽光を反射して輝いているのが見える。 その輝きは美しく、しかし同時に悲しい。 ある日、私は橘医師と偶然再会した。「神坂先生、あの事件以来ですね」 橘は言った。「私はあの日、硝子庭園で何かに気づくべきだったのかもしれません。医師として、柊木の異変に」「あなたの責任ではありません」 私は答えた。「誰も、柊木の本当の思いに気づくことはできなかった」「しかし……」 橘は遠くを見つめた。「美しいものには、必ず代償がある。あの庭園は、それを教えてくれました」 私は頷いた。 美と毒は表裏一体。それは自然の真理だ。そして、知識もまた同じだ。 知を求めることは人間の本質だが、それが過ぎれば狂気となる。 賢者の石。不老不死。人間は何千年もの間、それを追い求めてきた。 しかし、真の不死とは何か? 私は今、一つの答えを持っている。 それは、記憶の継承だ。 鏡見久明の精神は、硝子庭園という形で残った。柊木の情熱も、その庭園の中に封じ込め
事件から一ヶ月後、私は再び鏡見邸を訪れた。久我に頼まれて、最後の調査をするためだ。 久我は以前より痩せ、老け込んでいた。しかし目には、どこか安堵したような光があった。「神坂先生、本当に申し訳ありませんでした」 久我は深々と頭を下げた。「私の愚かな執念が、柊木を死に追いやってしまった」「あなたを責めるつもりはありません」 私は答えた。「柊木は自らの意志で、あの選択をした」「しかし、もし私が最初から真実を明かしていれば」「真実は複雑です」 私は言った。「あなたの暗号は、確かに座標を示していた。しかし同時に、錬金術的な儀式の手順も示していた。どちらも正しく、どちらも間違っている」 私は硝子庭園の図面を久我に返した。「この庭園は、記憶の宮殿でした。あなたの兄の記憶、柊木の情熱の記憶、そして錬金術という幻想の記憶。すべてが硝子の中に封じ込められている」 久我は硝子庭園を遠くから眺めた。陽光を反射して輝く、美しい墓標を。「神坂先生、最後に一つだけ教えてください」「何でしょう」「霊薬は、本当に存在しないのでしょうか?」 私は長い沈黙の後、答えた。「それは誰にも分かりません。錬金術師たちは何百年も探求し続けた。しかし見つからなかった——いや、見つけられなかった。なぜなら、彼らは間違った場所を探していたからかもしれません」「間違った場所?」「霊薬は物質ではなく、認識かもしれない。死を超越する方法は、肉体の不死ではなく、記憶の継承かもしれない。あなたの兄は死にました。しかし、この庭園という形で、その精神は残り続ける」 久我は微笑んだ。悲しく、しかし安堵したような微笑みだった。「そうかもしれませんね」 私たちは並んで、硝子庭園を見つめた。 しかし、私にはまだ一つ、久我に話していないことがあった。 それは、柊木の死の真相についてだ。
その夜、私は自宅で硝子庭園の図面を広げ、詳細な分析を行った。 植物の配置、光の屈折率、幾何学的図形。すべての要素を総合的に検討する。 ヘルメスの薔薇十字。七つの惑星記号。そして中心の六芒星。 これらは確かに錬金術の象徴だ。しかし、それだけだろうか? 私は別の可能性を考え始めた。 もし、この暗号が二重の意味を持っているとしたら? 表面的には霊薬の製法を示しているように見える。しかし、その下に別の意味が隠されているとしたら? 私は植物の配置を数値化してみた。各植物の三角形の頂点の座標を、庭園全体を基準とした数値で表す。 そして、それらの数値を特定の順序で並べると—— 数字の羅列が現れた。 最初は意味が分からなかった。しかし、よく見ると——「これは……座標だ」 北緯と東経を示す座標だった。 私は地図を広げた。その座標が示す地点は—— 鏡見邸の敷地内だ。正確には、硝子庭園の真下。 私は翌朝、すぐに鏡見邸へ向かった。 久我に会うと、単刀直入に尋ねた。「久我さん、あなたには双子の兄弟がいましたね?」 久我は顔色を失った。「……どうして、それを」「調べました」 私は言った。「三十年前、あなたの兄、鏡見久明氏が失踪した。公式には失踪ですが、真実は違う」 久我は立ち尽くした。やがて、力なく頷いた。「三十年前、兄は死にました」「あなたが殺した」「いいえ!」 久我は強く首を横に振った。「私は殺していません。兄は自分で……」 彼は椅子に座り、顔を覆った。「私の兄、久明は、同じく錬金術の研究者でした。いや、私以上に熱狂的だった。彼は実際に賢者の石を作ろうとして
私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。「柊木は、それを実行しようとした……」「まさか」 久我は蒼白になった。「そんなはずは。暗号は完全には解読されていないはずです。私でさえ、まだ『七つの毒』が何を指すのか分からないのに」「しかし柊木は、自分なりの解釈をした」 私は推理を続けた。「彼はストリキニーネを『七つの毒』の一つと考えた。そして、幻の植物が見える地点——中央区画の中心——で、その毒を摂取すれば、何かが起きると信じた」「しかし、それは……」「死にます」 私は断言した。「ストリキニーネは致死性の毒です。解毒剤もありません。摂取すれば、確実に死にます」 久我は椅子に崩れ落ちた。「私の責任です。私が暗号に執着したから、柊木は……」 しかし、私にはまだ疑問があった。 柊木は本当に、自分の意志で毒を摂取したのか? それとも、誰かに強要されたのか? あるいは—— 私は新しい可能性を考えた。「久我さん、ストリキニーネの木の土壌について、何か特別な処理をしていますか?」「え?」 久我は顔を上げた。「土壌? いえ、特には……」「本当に?」 私は厳しい目で彼を見た。「私が調べたところ、その土壌には通常ではありえない量の窒素化合物が含まれていました。そして、特殊な菌類も」 久我は観念したように頷いた。「……はい。土壌を調整しました」「なぜ?」「ストリキニーネの毒性を高めるためです」 久我は小さな声で言った。「サン=ジェルマンの文書には、『超高濃度の毒』が必要だと書かれていました。通常の植物では足りな
翌日、私は再び鏡見邸を訪れた。今度は一人で、詳細な調査を行うためだ。 久我は快く協力してくれた。「神坂先生、どうか真相を明らかにしてください。柊木の死が、単なる事故であってほしい。しかし、もしそうでないなら、私は知る必要があります」 私はまず、硝子庭園全体の構造を詳しく調べることにした。 中央の温帯区画から始める。六角形の区画は、一辺が約五メートル。硝子の壁の厚さは確かに三寸(約九センチ)ある。この厚さは尋常ではない。通常の温室ガラスの数倍だ。 硝子の表面を注意深く観察する。滑らかに見えるが、よく見ると微妙な凹凸がある。これが光の屈折を生み出しているのだ。 天井も硝子だが、換気用の小さな通気口がある。直径五センチ程度で、金属製の網が張られている。ここから人が侵入することは物理的に不可能だ。 床は土だが、掘り返してみると、その下にはコンクリートの基礎がある。少なくとも三十センチの厚さだ。地下から侵入することも不可能だ。 扉は頑丈な鉄製で、内側から掛け金がかかる構造になっている。鍵穴は内外にあるが、複雑な機構になっており、内側から施錠した場合、外から開けることはできない。「完璧な密室ですね」 私は呟いた。 次に、熱帯区画に移動した。ここにはストリキニーネの木がある。 三株の木は、確かに正三角形の頂点に配置されている。それぞれ高さは二メートルほどで、楕円形の葉を茂らせている。樹皮は灰褐色で、特に目立った特徴はない。しかし、この樹皮から抽出される物質は、人類が知る最も強力な毒の一つだ。 私は慎重に木に近づいた。樹皮に傷はない。枝も折られていない。しかし、根元の土が微かに乱れているように見える。 久我を呼んだ。「この木の根元、最近誰か触りましたか?」 久我は首を横に振った。「いえ、植物には必要最小限の世話しかしません。水やりと、時折の剪定だけです」「柊木は?」「彼も同じです。この庭園の植物は、一度配置したら極力動かさないのが原則です」 しかし、私の目には
内覧会は午後まで続いた。私たちは七つの区画すべてを再び巡り、それぞれの専門的見地から意見を交換した。 橘医師は医学的な観点から、各植物の毒性と症状について詳しく説明した。芦名博士は化学的な分析を加え、毒物の構造式や作用機序について論じた。椿夫人は芸術家らしい感性で、植物の形態美と色彩について語った。そして私は、植物学的な分類と生態について解説した。 久我は熱心に耳を傾け、時折鋭い質問を投げかけた。彼の知識は驚くほど深く、専門家である私たちを驚かせた。特に錬金術や古代の薬草学については、並外れた見識を持っているようだった。 最後に、私たちは久我の書斎に集められた。そこで茶が振る舞われ、談笑のひとときを過ごした。書斎は洋風の造りで、壁一面に書籍が並んでいた。タイトルを見ると、植物学や化学の専門書に混じって、錬金術や神秘主義に関する古書が多数あった。ラテン語やギリシャ語の古典、中世の写本の複製本なども見える。「本日はありがとうございました」 久我が言った。「皆様の専門的な意見を伺えて、大変有意義でした。特に神坂先生、毒性についてのご指摘は参考になりました」「いえ、こちらこそ貴重な体験をさせていただきました」 私は答えた。「ただ一つ気になることが」「何でしょう?」「あれほど多くの有毒植物を一箇所に集めて、安全面は大丈夫なのでしょうか? 万が一、複数の毒物が混合した場合、予想外の化学反応が起きる可能性もあります」「ご心配なく。各区画は完全に独立しており、空気の循環も個別に管理しています。それに」 久我は懐から鍵束を取り出して見せた。「入室できるのは私と柊木だけ。この鍵は常に身につけており、決して他人の手に渡ることはありません」 柊木も同じものを持っています、と久我は続けた。「万が一、私に何かあった時のために。しかし柊木は二十年来の信頼できる部下です。彼なら、この庭園を私以上に愛し、理解している」 柊木は窓際に立ち、硝子庭園を眺めていた。その横顔には、複雑な表情が浮かんでいた。 夕刻、私たちは鏡見邸を辞した。馬車で東京へ戻る途中、私は硝子庭園のことを考え続けていた。あの奇妙な配置、計算された光の屈折、そして久我の言った「暗号」。何か重要なことを見落としているような気がした。 植物が三株ずつ、正三角形に配置されている。その意味は何か? 単